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最高裁判所第二小法廷 昭和51年(オ)670号 判決

人告人

株式会社 マンモスクラブメトロ

右代表者

太田清

右訴訟代理人

姫野敬輔

被上告人

日本電信電話公社

右代表者

米沢滋

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人姫野敬輔の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

同第二点について

被上告人(日本電信電話公社)が上告人に対して有する本件電話番号簿掲載の広告料債権は、民法一七三条一号所定の債権ないしこれに準ずる債権にあたらず、同条の定める短期の時効によつて消滅するものではない旨の原審の判断は、原審が適法に確定した右債権自体の性質に鑑みると、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官大塚喜一郎の反対意見、裁判官吉田豊の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官大塚喜一郎の反対意見は、次のとおりである。

私は、民法一七三条に関する解釈について、次の理由により、多数意見に同調することができない。

一、民法一七三条一号にいう卸売商人、小売商人とは、商品の売却又はこれに類する取引行為を定型的、反覆的、継続的に行う者を指し、右のような取引行為を行う者である限り、かならずしも商法上の商人であることを要せず、本来営利を目的としない公共企業体であつても、右のような取引行為を行う面においては同号の卸売商人、小売商人にあたると解すべきであると考える。原判決は、被上告人日本電信電話公社は、公共企業体であり営利を目的としないから、同号にいわゆる卸売商人、小売商人とはならないものとしているが、これは、右の卸売商人、小売商人が当然に商法上の商人であることを前提としている誤つた解釈に基づくものであり、被上告人が本来利潤追求を目的としない性質を有するからといつて、そのいかなる取引行為についても、同号の適用が排除されるという結論を導くものではない(この点において、農業協同組合連合会に関して、その性質から、同連合会が取得した産物売却代金について民法一七三条一号の適用を排除した最高裁判所昭和三四年(オ)第六一二号同三七年七月六日第二小法廷判決・民集一六巻七号一四六九頁及びこれに類する判例の見解は、改められるべきものである。)。本件取引行為は、被上告人の定期的に発行する電話番号簿の表紙に、顧客の注文に応じて広告を掲載し、広告料を得るというのであり、一般の営利的取引と同じく、定型的、反覆的、継続的に行われるものであるから、被上告人は同号にいわゆる卸売商人ないし小売商人にあたるものと解すべきである。

二、ところで本件広告料債権は、被上告人が電話番号簿の表紙を顧客の利用に供し、その顧客のため広告をすることによつて生じたものであるから、これを、(イ)知的創作による無形財産権の移転による代金支払債権と解することができるが、他面、(ロ)広告の掲載という仕事の請負の報酬と解することもできる。原判決は、(イ)の解釈を前提として、本件広告料債権を同号所定の商品の売却又はこれに準ずるものとみることはできないとしていると解されるが、無形財産の売却など取引実体が多様化している現在、同号にいわゆる売却は、民法上の売買のみならず、ひろく経済的に売却又はこれに類するものと認められる行為を指すものと解すべきである(電気料金債権について同号の適用を認めた大審院昭和一一年(オ)第二八一八号同一二年六月二九日判決・民集一六巻一〇一四頁参照。)から、本件広告料債権を前示(イ)の如き債権と解したうえ、同号を適用すべきであると考える。また、仮りに本件広告料債権を前示(ロ)の如く解する場合、これを同条二号にいわゆる居職人又は製造人の仕事の報酬にあたるとみるべきかどうかの問題となるところ、この点につき、判例(最高裁判所昭和三九年(オ)第七四八号同四〇年七月一五日第一小法廷判決・民集一九巻五号一二七五頁、同昭和四四年(オ)第四三七号同年一〇月七日第三小法廷判決・民集二三巻一〇号一七五三頁)は、近代工業的機械設備を備えた業者は、右にいう居職人又は製造人にあたらないとしているが、このような解釈は、立法当時においては合理性をもちえたとしても、同一種類の事業を行う企業について、経営の形態ないし規模がきわめて多様化している現在においては、合理的な理由がないと考えられる。けだし、判例のように解すると、零細企業が債権者であるときは同条二号の適用をうけ、大中企業が債権者であるときはその適用排除による利益をうけることとなり、結果において居職人又は製造人にあたる零細企業のみが不利益をうける不合理をまねくこととなるからである。同条二号の解釈にあたつては、債務者の免責証拠書類保存期間を限定するという時効期間短縮の立法趣旨に着眼して債権者の企業形態を捨象すべきであり(この点でも右判例の見解は、改められるべきである。)、したがつて、本件広告料債権に同号を適用すべきものと考える。

要するに、民法一七三条一号あるいは二号の趣旨に徴すると、本件広告料債権は、同条の規定する短期消滅時効にかかると解すべきものであり、これと異なる原審の見解は同条の解釈適用を誤り、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決を破棄し、被上告人の請求を棄却すべきものと解するのが、相当である。

裁判官吉田豊の意見は、次のとおりである

私は、本件広告料債権が民法一七三条一号にいう産物、商品の売却による代価たる債権にあたらず、同条所定の短期消滅時効にかからないとする結論において、多数意見と同じであるが、被上告人が同号にいう卸売商人、小売商人にあたるとする点については、裁判官大塚喜一郎の右反対意見一に同調する。

(岡原昌男 大塚喜一郎 吉田豊 本林讓 栗本一夫)

上告代理人姫野敬輔の上告理由

第一点 〈省略〉

第二点 原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

一、原判決は理由二、(四)において上告人の消滅時効の抗弁について被上告人は「日本電信電話公社に基いて設立せられ、同法に規定する義務を行う所謂公共企業体であつて、営利を目的とする業務を行うものでないから、民法第一七三条第一号に言う小売商人に該当しない」と判示する。

民法第一七三条第一号所定の「小売商人」又は「生産者」は、法人の場合はその設立根拠法令やその法人の属性によつて抽象的に概念が定められるべきものではなく、該法人が請求している具体的な債権との関連において該法人が小売商人又は生産者に該当するか否かが決せられるべきものである。従つて被上告人が特別法に基いて設立せられた公共企業体であり営利を目的とする業務を行うものではないからといつて直ちに小売商人又は生産者に当らないといい切ることには誤りがある。本件の如く、営利を主たる目的としない法人であつたとしても、営利性を有して反覆継続して不特定多数人の申込により広告を掲載し代金を得ているのであればその限りにおいて小売商人又は生産者たるを妨げないのである。

原判決は前記民法一七三条の解釈を誤り形式的に日本電信電話公社が小売商人であるか否かを形式的に判断したものであり法適用の誤りがある。

二、又、原判決は「本件広告掲載契約が商品の売買又はこれに準ずるものとみることはできない」と判示する。

しかしながら民法第一七三条一号所定の「産物」又は「商品」は民法第八五条にいわゆる「物」に限らず広く商品的価値を有する財貨を意味するのであり本件広告がこれに該当することは勿論である。しかして同条同号にいわゆる「売却」とは典型契約としての売買ということではなく短期消滅時効を適用するにふさわしい取引類型であるか否かの観点から判断すべきであり、本件の如き広告掲載は一年毎に公開入札によつて向う一年間に限り契約されるものでありその代金は短期迅速に決済されるのを常とするから同号の「売却」に当るといわねばならない。

さすればこの点においても原判決は法令の適用を誤つたものとして破棄を免れないものである。

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